Collaboration Energizer | #混ぜなきゃ危険 | 八木橋パチ

コラボレーション・エナジャイザーとは、コラボレーションの場を作り、場のエネルギーを高め、何かが生みだされることを支援する人

ファシリテーターとファシリテーターシップ。あるいは目的地と地図と時計。

皆さんは「ファシリテーター」について、じっくり考えたことがありますか?

私の場合、「ファシリテーション的」なものについては日常的に考えています。例えば、社内キャンペーンの企画についてだったり主催コミュニティーの盛り上げだったり。それから飲み会のことだったり。

でもそれは、ファシリテーターという「人」や「役割り」についてではなく、ファシリテーションという「行為」や「場」について考えています。

なので、「ファシリテーター」について考えることはほぼありません。

 

…あれ? ちょっと待って。あった。多いにありました。

よく考えたら、ワークショップなどに参加するたびに考えていました。

参加中のワークショップがとてもおもしろい場合は終了後に、イマイチな場合はワークショップ中に、いずれにしろどこかのタイミングで「この人は何をファシリテーションしているのだろう? なんでファシリテーションしているのだろう?」って考えていました。

 

 

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こうして書くと、なんだか意地悪な感じに受け取られる方もいるかもしれません。

でも別に悪さをしようと思ってそんなことを考えているわけじゃないんです。単純に、「人(ファシリテーター)に対しての好奇心」と、「何か学びを見つけたいという興味心」と、「この場をもっと良くできるんじゃないかという貢献心」からそんなことを考えているんです(厳密には「貢献心」の中には「場を良くできる俺を見て欲しい」っていう自己顕示欲も含まれています)。

 

ここからが今回の本題なのですが、ここで何を言いたいかというと「ファシリテーターシップが非常に重要になってきているのではないか」ということです。

ファシリテーターシップ」という言葉は昨日頭に浮かんだものです。ファシリテーション界隈では一般的な言葉なのかどうか、門外漢の私は知りません。

ただ、今これを書きながらクオテーション・マークを付けてググってみたところ、検索結果は68件しかありませんでした。

なのでおそらく、まったくと言っていいほど知られていない言葉でしょう。

 

では、私の考える「ファシリテーターシップ」について説明します。上手に説明するのが難しいので、分かりやすくするためにまずは「リーダーシップ」について説明し、その後に「ファシリテーターシップ」を。

リーダーシップはリーダーが発揮すれば良いものではなく、コミュニティーやチームのメンバーがそれぞれ発揮するのが望ましい。また、それを発揮するメンバーが多いコミュニティーやチームほど、強いコミュニティーや良いチームになる。

ここでいうリーダーシップとは、その場の状況に応じて周囲の人々の意思や態度や行動を良い方向へと変化させようと考え実行する能力。

 

分かりやすい具体的を一つあげます:

ディスカッションしているうちに興奮し過ぎ、一部のメンバー間には対立が生まれ険悪なムードが漂いはじめた。そんな中、一人のメンバーが席を立ちしばらくすると戻ってきた。 「お茶を入れてきたからみんな少し休憩しない? お腹もちょっと空いたよね」--そう言う彼の手には、メンバー全員分の暖かい飲み物とお茶菓子が乗ったトレーがあった。

 

これが、一つのリーダーシップの現れ方として、私がとても好きな話です。特別なスキルがなくても、誰でも想いさえあれば発揮できる能力だと思います。

 

これと同じように、ファシリテーターシップとは、メンバーがその「場」のムードや状況を良い目的地や方向へとつながるようにと考え実行する能力だと私は考えています。

このファシリテーターシップを発揮できる参加者が多いほど、良い「場」となり、いろんなつながりや拡がりが生まれて、目的地がより豊かになったり地図がよりカラフルになったりするんじゃないでしょうか。

 

ワークショップやイベントを自分が開催すると仮定して、その場に来る人たちが全員「ファシリテーションをするのはファシリテーターの役割りであり義務である。一参加者に過ぎない自分にはファシリはまったく関係ないし、どうなろうと知ったこっちゃない」と思っていて、実際にその通りに行動したとしたら…。

おそらく、そのイベントは収拾がつかないものになるでしょうね。

 

なお、「良い方向」には絶対的な正解があるわけじゃないですよね。そしてもちろん、ファシリテーターが「これが正解だと思う」と何かを差し出してきても、参加者は必ずしもそれを受け取ることも同意する必要もないと思っています。

とはいえ、ファシリテーターの熱意や人間性って、場を共にしているとジワジワと感じられるものですよね。

また、ファシリテーター本人じゃなくても、テーマに対する熱意や想いを持っている参加者がいれば、その人にフォーカスを当てることで場の温度を高めていけるのではないでしょうか。

 

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こうして考えると、ファシリテーターが一番大切にすべきは、参加者に「場を良いものにしたい」と感じてもらえるようにすることなのかもしれません。

参加者のファシリテーターシップを刺激し行動に移させることこそが、みんなが持っているそれぞれの目的地や地図や時計を合わせることなのかもしれません。

 

最後に蛇足を。

「場を良いものにしたいと感じる」と強要できません。だって「感じてください」って言われても感じられるものじゃないですよね。

あくまでも参加者が自ら感じて行動することであって、むやみに同調圧力的に使われるべきでもありません。つまり、ファシリテーターが「あなたはこの場を良くしようと思っていないのですか? 思っているのだったら私の言うとおりにしてください」なんていう「予定調和の強制」みたいな使い方は、絶対にうまくいかないと私は思います。

 

今回のブログ記事はファシリテーター Advent Calendar 2016の7日目コンテンツでもあります。

私とは違い、ファシリテーション界隈にじっくり腰を据えている人たちが、これからいろいろな視点で「ファシリテーター」を語ってくれると思います。乞うご期待。

 

Happy Collaboration!