Collaboration Energizer | #混ぜなきゃ危険 | 八木橋パチ

コラボレーション・エナジャイザーとは、コラボレーションの場を作り、場のエネルギーを高め、何かが生みだされることを支援する人

うさぎくんとうなぎくん

 

「うさぎくん、よかったら俺の家に、スライ&ザ・ファミリー・ストーンでも聴きに来ないかい?」

突然の呼びかけに、ぼくの耳が相当ビクっと動いたんだろう。周囲の席から失笑のような声が聞こえた。

でも、ぼくがそれほど驚くのも無理ないはずだ。だって声をかけてきたのは、何年もその姿を目にしていなかったし、今じゃもう日本にはいないのだろうなんて噂を聞いたのすら数年前のうなぎ君だったのだから。

「うなぎくんじゃないか! 元気そうだね。ずいぶん長いこと音信不通だったから、てっきり浜松にはもういないんだとばっかり…」 「ああ。何年か前に台湾に引っ越したんだけど、いろいろあってさ。帰ってきたんだ」 「そうなんだ。でも、なんにせよ会えて嬉しいよ」

たしかに、うなぎくんはいくらか痩せて油のノリも少し落ちているように見えた。

でも、人懐っこい笑顔は、昔から変わっていなかった。

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「それにしてもびっくりしたよ」 「それはお互い様さ。ところでうさぎくん。さっき俺が声をかける前、目を真っ赤にしていたよね。泣いていたんじゃないのかい?」 「…やれやれ、気づいてたのか。久しぶりに会った姿が、カウンターで1人泣いているところなんて恥ずかしいな」

ジム・ビームのダブルをロックで。1杯飲み終えたら、炭酸水をグラスに半分飲む。それからダブルをもう1杯だけ。それが6年前のあの日からのぼくのルールだ。

でも、今日は特別な1日だった。炭酸水のことも忘れて3杯目を注文してしまうくらいに。

「そんな夜もあるさ。俺でよければ、話を聞くよ」

うなぎくんのマンションは、間口こそ狭いけど奥に長い間取りだった。そして山椒色のソファーは、うなぎくんの見識と哲学、そして経験を感じさせるものだった。

「…」 「もちろん、無理にとは言わないさ。まあ、気が向いたらってことさ。」

ステレオのリモコンをそうしながらうなぎくんが言った。JBLのスピーカーから『エブリディ・ピープル』が流れてきた。

そういえば、うなぎくんが浜松から消えた6年前のあの夜も、誰かがジュークボックスでスライを流していたっけ。

「うなぎくん、昔、おじいさんの遺言の話をしたの、覚えているかい」 「ああもちろんさ。『ネバーフォーゲット因幡』だろ」 「そう。因幡の恨みを忘れるな。ワニへの復讐を果たすのだ! っていう話さ。ぼくはここ6年間、そのために一晩足りとも欠かさずワニワニパニックで練習してきたんだ。」 「6年はすごいな」 「…それが今朝、とあるきっかけで判明したんだけど、因幡のワニってサメのことだったんだ。ぼくの…6年間の練習が…水の泡だよ…」

「それは辛かっただろうね」 「それだけじゃないんだ、うなぎくん。ぼくはこれまでずっと、ある人を追いかけ続けてきたんだ」 「覚えているよ。かめさんだろ」 「そう。追っても追っても、どうしても追いつけないんだ。諦めた方がいいのはわかってる。でも、それを考えるとさみしくて死んでしまいそうになるんだ」 「うさぎくんは一途なんだな…。辛い話だと思うけど、こういう話は早いほうがいいだろうから、伝えるよ。かめさんは、もうアキレスのものだよ」 「アキレス?! アキレスって、あの…」 「うん。あのゼノンのところのアキレスさ」

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「ねえ、うさぎくん。世の中は本当に不条理だよ。パスタを茹でるか双子を眺めるか。それ以外に憂鬱から逃れる方法はないくらいにさ」

昔から、落ち込んだぼくを慰めてくれるのは、いつもうなぎくんだった。

一緒に象のいない象舎に忍び込んだり、パン屋を襲いにいったり…。そう、うなぎくんが消えるあの夜までは。

「ねえうさぎくん。俺もきみに聞いて欲しい話があるんだ。本当はそれを伝えるために浜松に帰ってきたんだよ」 「え」 「実は俺、うなぎじゃなくてあなごだったんだ」

つづく。

(次回予告「台南の蒲焼き」)

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だって、村上さんが『自由に使っていいですよ』って言うから…。

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『うさぎさんとうなぎくん』とか『応援団長殺し』とか、タイトルのストックならいくらでもあります。もしあなたが使いたいものがあれば、自由に使っていいですよ。

Happy Collaboration!

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