Collaboration Energizer | #混ぜなきゃ危険 | 八木橋パチ

コラボレーション・エナジャイザーとは、コラボレーションの場を作り、場のエネルギーを高め、何かが生みだされることを支援する人

2023年(少なめ)読書棚卸し

今年は読書量少なかったよなー。きっと例年の3/4くらいかな? と思いつつ数えてみたらドンピシャ。74冊でした。エディンバラで暮らしていた2カ月半の間、1冊しか読まなかったからね。

ということで、例年よりもグッと少ない中から、特に印象に残った本をピックアップして2023年の読書を振り返ってみます。なお、「おれが読んだのが今年」なだけなので、むかーし出版された本なんかも混ざっていると思います。

 

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』
奈倉 有里 著

note.com

30の断片的な時間や出来事が、平和と不安と騒乱を見事に表す。…おれも、もっと言葉に誠実でいよう。いつか言葉の魔法を手に入れられるように。分断する言葉よりもつなぐ言葉を。

まず、ひとりの女性が、「アルメニア人が殺されるなんて世も末だわ、キリスト教徒が殺されるなんて!」と嘆いた。ロシアではソ連崩壊後、急激に宗教の復権がなされ、ロシア正教が事実上の国境となっている。しかし「キリスト教徒が殺された」という嘆きには、別の宗教――当時のメディアで朝から晩まで騒がれていた「イスラム教」への意識が感じられ、では殺されたのがイスラム教徒であればこの人はなんとも思わないのだろうか、と思っていたところで、別の初老の女性が「つい最近までは同国人だったのよ!」と続けた(…)すると私のすぐ側にいた教師風の中年男性が「そもそもロシア語を学んでいた青年だろう、それなのに殺されるなんて」と主張した。途中で、私と目が合った(…)そのとき、小柄なおばあさんがひとり歩み出て、言った――「みんな、なにを言ってるの? キリスト教徒だ言語だっていうなら福音書を読みなさい――すべての人類は兄弟なの、すべての、あらゆる人が!」と。それきり、誰もなにも言わなかった。

 

『私がつかんだコモンと民主主義』
岸本 聡子 著

www.shobunsha.co.jp

「杉並区長になる前からずっとファンだったんだよね」といつも自慢してしまう、現杉並区長の岸本さんのこれまでにの本。ますますファン度が上がりました。かっこいいなぁ。

国家的保護主義の危険性や旧ソ連的なトップダウンの計画経済のアンチテーゼとして、個人の自由と競争を出発点とする自由主義が広く深く人々に支持された理由を無視することはできない。人は自由を希求する存在だし、私もそうだ。ただ誰にとっての自由なのか、少し慎重に見極めなくてはいけない。自由に移動できるのは国際資本だけで、労働者や家族は国境を容易に超えられるわけではない。ビジネスをしやすくるためにどんどん国境を低くしてルールが変えられていくのに、国際的な税金や最低賃金や環境規制といった、環境や人を守るルールづくりはいっこうに進まない。

 

『ノーマル・ピープル』
サリー・ルーニー 著、山崎 まどか 訳

www.hayakawa-online.co.jp

2人のどちらかに、もっと決定的な酷いことが起きてしまうのじゃないか、それが次のページなんじゃないか…そんな不安に付き合いながら本を読み進めたのは、なんだか久しぶりな気がする。

残酷さはその被害者だけではなく加害者も傷つけるが、後者が負った傷の方が深く後を引く、マリアンがそう考えるのは初めてではない。ただいじめられただけで人間は自分の暗部をのぞきこんだりはしないが、でもいじめた側はその行為によって一生忘れられないような自分の一面を知る。

 

『学校で育むアナキズム
池田 賢市 著

www.shinsensha.com

「フランスにおける移民の子どもへの教育」の実践の場から築き上げられた、「教育と学校の見つめ直し」に溢れた本。直接お話聞いてみたい。

「自分の意見を言う」ことを重視する教育実践は多い。特に、民主主義を大事にする意識の下で実践しようとすれば、なおさら強調される。しかし、もしそれが、「ちゃんと自分の意見を言わないと置いていかれるぞ」という意味だとすれば、どこかの段階で「声の大きい者が勝つ」という発想に近づいていってしまうだろう。つまり、「意見を言う」ことを大事にした実践が、安心して話を聞いてもらえるということではなく、「何も言わなければ、誰もお前のことなんか気に留めてくれず、ものごとはどんどん決まっていってしまうぞ」という弱肉強食の、一瞬も気を抜けない環境を肯定していくことになってしまう

 

『みんなの「今」を幸せにする学校』
遠藤 洋路 著

bookpub.jiji.com

「日本の教育は周回遅れもいいとこだ」って言葉を聞き飽きて、実践している人の言葉とアイデアとアクションを聞きたい人に超おすすめの一冊。

「すべては子供のために」という言い方があります。「組織としての学校」に関してはそのとおりですが、「個々の教職員」に関してはそうではありません。学校は子供のためにつくられた施設ですから「すべては子供のために」でいいのですが、教職員は全人格が子供のために存在するわけではありません。そこを区別しなければ、働き方改革はできません。

 

『コミュニティの幸福論 助け合うことの社会学
桜井 政成 著

book.asahi.com

遅すぎる出会いな感じ。トロントでの暮らしが言及されるシーンの多くに、「おれもバンクーバー暮らしの時代にもっと観察しておけばよかった」と思わされます。

「当事者ではない私」が他人のまま、生きづらさの問題(あるいは社会運動)に関わることで紡ぎ出せれる小さな物語もあるのでしょう(…)「当事者」という型通りの言説に回収されない、一人ひとりのかけがえのない固有性をもった小さな物語の共有(シェア)と、それによる互いの自己の捉え直し、それこそがコミュニティの中での生きづらさの解消、あるいは緩和する可能性をもっていると言えるのだと思います。

 

『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力』
谷川 嘉浩 & 朱 喜哲 & 杉谷 和哉 箸

sakurasha.com

陰謀論とナラティヴ」「アテンションエコノミー」「徳とプライバシー」について、3人が立ち止まって周囲をじっくりと眺めてから話し始める一冊です。

政治学を学んでいる北欧の大学院生二人に、「北欧と比べて日本の政治教育はダメだ」みたいな話題をふると、「カズヤの話もよくわかるんだけど、私たちは政治しか共通言語がないところもある」と言うんです。
まず、「昨日の○○って番組見た?」みたいなのと同じノリで政治の話をしていて、必ずしも深いことを話しているわけではないし、受け売りも多いんだと。政治っていうのが、いい意味でも世間話の一つになっているから、ジャパニーズが思っているほど、極端に優れた何かが展開されているわけではない、と彼らは苦笑交じりに言うんですね。これは、結構いい指摘だなと私は思ったんです。

 

『両手にトカレフ
ブレイディみかこ

www.poplar.co.jp

この本を読むまで、金子文子にもケイ・テンペストにもブレイディみかこにも興味なかった。でも大丈夫。今からでもここからでも、こことは違う世界になるかもだから。

……ねえ、誰かに死にたいって言うってことは、助けてほしいってことなんじゃないかな(…)つまり、もっと生きていたいから、 そのために助けてってことじゃないの?

 

『15歳からの社会保障 人生のピンチに備えて知っておこう!』
横山 北斗 著

www.nippyo.co.jp

ふとしたはずみで「社会的弱者」となってしまった登場人物を、社会制度がいかにサポートできるかを物語仕立てで紹介しています。あらゆる学校図書館に置かれていて欲しい一冊。

自分や自分の身の回りの人の生活を守るために、一人ひとりが社会保障制度について知ることはとても大切です(…)個人が社会保障制度を知ることと同じくらい、いえ、それ以上に、国や自治体が社会保障制度の情報を必要な人に届け、利用しやすくするための取り組みを積極的に行うこと、つまりは社会保障制度を申請する権利の行使をサポートする施策が重要なのだ。

 

『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』
古舘 恒介 著

エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来eijipress.co.jp

自分がエネルギーについて、とりわけ歴史的な部分をどれだけ理解していないかを教えてくれる一冊。知識欲をたっぷりと満たしてくれます。

農耕、すなわち土地を開墾し田畑を整備して農作物を育てるという行為が意味することは何か。それはその地に自生している植物をすべて追い出して、その土地に注ぐ太陽エネルギーを人類が占有するということです。この壮大な試みは、人類がそのパートナーとなる植物を見つけたときに始まりました。中近東においてはムギ、中国においてはイネ、メキシコにおいてはトウモロコシと、いずれもイネ科の植物がそのパートナーに選ばれています。いずれも栽培が容易で、保存に長けるという特長がありました。

 

『私の半分はどこから来たのか――AIDで生まれた子の苦悩』
大野 和基 著

publications.asahi.com

「子どもには知る権利がある」と直感的に思うものの、それにまつわる現代の課題を自分はきちんと理解できているのだろうか? という疑問から手にした一冊です。

AIDとは、「Artificial Insemination by Donor」の略で、日本語に訳せば「非配偶者間人工授精」、つまり、夫のものではない精子を子宮に注入して、妊娠・出産する方法で、海外ではDI(Donor Insemination)と呼ばれることが多い。日本では1949年8月に慶應病院で、初めて提供精子による子供が誕生した。それ以来、もっぱら男性側に原因がある不妊カップルを救済するために実施されてきた(…)最近になって先進国においてAIDで生まれた人が声を上げ始めた。なかにはこの技術の全面禁止を訴える人もいるほどだ。すべての家庭に当てはまるとは限らないが、親がアイデンティティ形成の根幹にかかわる、最も重要なことで子供に真実を伝えていないため、家庭内に説明のつかない違和感や緊張感が絶えず漂っているという。

 

『カレーの時間』
寺地 はるな 著

www.j-n.co.jp

人は、相手の嫌な部分を憎みながらも愛せる。許容しないまま受容し愛することができる。そんな話。おれは寺地はるなが大好きです。

おれはむずかしいことはわからない。でも人を飢えさせる類のものはぜんぶ悪いことだ。戦争もそう、貧乏でもそう。ぜんぶいけない。