不採択論文その3: エンゲージメントを高める施策と事例
エンゲージメントを高める施策と事例
■ ゲームニクス理論とゲーミフィケーション
前回説明したパーソナル・ソーシャル・ダッシュボード(PSD)の最大の目的は、企業ソーシャルの目的であるコミュニケーションとコラボレーションの量・質的向上を実現するために、情報共有に積極的な社員のモチベーションを保てるようにすることである。
しかし、情報発信のハードルを下げようと「気楽に発信しよう」という社内キャンペーンを実施すると、一時的なコミュニケーションの量的向上は果たせても、質の低い情報が増えてしまい、「企業ソーシャルは仕事に使えない」という考えにつながってしまうこともある。
また、「ヒラメ社員」などと揶揄する言葉が広く知られているように、「上司に評価される仕事しかしない」という考えを持った社員が多い企業では、広範囲を対象とした情報発信という行動の意義や価値を伝えることは難しいことである。
こうした状況を打破するための施策の1つとして注目されているのが、「ゲームニクス理論」と「ゲーミフィケーション」である。
今回は、ゲームニクス理論とゲーミフィケーションをそれぞれ解説し、その後に社内ソーシャル上でそれらが活用されている事例を紹介する。
■ ゲームニクス理論とは
ゲームニクス理論とは、もともとテレビゲームやビデオゲームなどのユーザー・インターフェース(UI)に対する考え方を体系化したもので、古くからそうしたゲーム開発に強みを持っていた日本で発展した理論とも考えられている。
例えば、マニュアルや説明書などに頼らなくても操作方法を理解しやすくすることで初めてのユーザーや初心者ユーザーにも使いやすくしたり、初心者ユーザーが使い続けたくなるような情報や仕掛けをソフトウェアやモニター画面に仕込んでいったりすることなどが代表的なノウハウとされている。
例としてしばしば挙げられるのが、任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』で、1面と呼ばれるゲームの最初の部分で数分を費やすだけで、ゲームの主なルールと進め方を理解できるようになっている。
具体的には、プレイヤーは直感的に以下のルールと進め方を理解することができる。
- 一定時間以内にゴールする必要があること
- Aボタンを押すことでジャンプができ、それによって敵を避けたりブロックを壊してアイテムを入手したりすることができること
- アイテムによりマリオが強くなること
こうしたノウハウを企業ソーシャルに持ち込むことで、一般消費者向けのソーシャルとの使い方の違いを直感的に理解しやすくする方法や、さらには操作の習熟度や理解の深さに合わせて、心理的な負担を感じさせずにより多くより質の高い情報共有の実践を推進することができるであろう。
■ ゲーミフィケーションとは
ゲーミフィケーションとは、ゲームの要素をサービスやツールに取り込むことで、ユーザーがその使用を自発的あるいは積極的に続けようとするようにモチベーションを継続的に発生させる仕組み、および設計である。また、ユーザーの行動が本人だけではなく別のユーザーにも好影響を与えるよう、ユーザー間の行動の関係性を設計していくことも含む。
代表的なものとして、企業ソーシャル上で特定の好ましい行動を重ねて来た社員のプロフィールページに、その達成数値に応じたメダルやトロフィーを掲載することや、一定数以上の「いいね」という共感やコメントが付けられたブログ記事の作者に、特別な追加機能を提供するといった例が知られている。
なお、ゲームニクス理論やゲーミフィケーションを取り入れる上では、人間工学や行動心理学への造詣の深さが求められることが多い。
また、近年ではITサービスの提供者や開発者と、コアなファンから興味を持ち始めたばかりのユーザーを「サービスを中心として成り立ったコミュニティー」と捉え、そのコミュニティーを育てることでサービスの価値を高めていこうとする「コミュニティー・マネージャー」という役割にも注目が集まっている[8]。
ゲーミフィケーションをデザインする上では、ユーザーのモチベーションを管理する方法をソーシャル・ツールだけに持たせるのではなく、ユーザーのコミュニティーへの貢献活動を称え、より多くの集団に伝え広めるなどの集団心理や場の変容を起こすコミュニティー・マネージャーの必要性や役割を合わせて検討することをお勧めする。
■ ヤマトフィナンシャルのゲーミフィケーション事例
ゲーミフィケーション手法をうまく適用し、参加率99%の企業ソーシャルを実現したヤマトフィナンシャルの事例を紹介する[9]。
適用した手法はいたってシンプルである。社内ソーシャルへの投稿数やいいね数をポイント化し、ポイント数に合わせてダイアモンド・金・銀・銅のバッジを授与するというものだ。
成功の秘訣はその運用方法にある。授与されるバッジは各事業部の総会時に社長名で事業部長から授与される。
この運用が、単なるバッジを意味あるステータスへと変化させている。人間の認められたいという根元的な欲求に加え、会社における上層部からの認定は、受賞者のモチベーションを高めると共に、他の社員への良い意味での競争心や認知欲求を刺激し、好循環へと誘ったのだ。
また、社内ソーシャルウェブ上でも社長からのメッセージやコメントが投稿されるなど、現実とデジタルの世界をうまく連携している。投稿される内容も従来の仕組みでは共有が難しかった全国の営業経験談や地域情報など、すぐに役立つものが多く、ソーシャル=遊びのイメージを払拭し、むしろ積極的に活用されるようになった。
ゲーミフィケーションは、ガートナーのハイプ・サイクル2013年でピーク期と位置づけられており、今後、幻滅期を越えた後には企業ソーシャルの展開を側面からサポートする手法となるであろう[10]。
次回、最終回「企業ソーシャルへの提言と課題」へ続く