Collaboration Energizer | #混ぜなきゃ危険 | 八木橋パチ

コラボレーション・エナジャイザーとは、コラボレーションの場を作り、場のエネルギーを高め、何かが生みだされることを支援する人

コミュニティーから利を得続ける方法

■(再び)会社はコミュニティーである

会社はコミュニティーである

コミュニティーとは"リソース"を共有する場である

リソースを失ったコミュニティーは消えてなくなる

 

こんな考えをベースにディスカッションしてみませんか? ということを、昨年から何度かオンラインやオフラインで行っています。

さくっと話が始まるケースもなくはないのですが、たいていは議論が始まる前にちょっと困った顔をされることが多いです。

その理由を尋ねると、ほとんどはこんな答えがかえってきます。

 

「会社は上層部が一方的に決定事項を決めているので、コミュニティーじゃありません」

「自発的な参加ではなくやらされている人が多いので、コミュニティーじゃありません」

「笑顔で助け合うどころか足を引っ張り合ってるので、コミュニティーじゃありません」

 

「会社は会社であり、コミュニティーではない」ということですね。

うーむ。確かにそうなのかもしれません。

でも、もう一歩踏み込んで、「会社はコミュニティーだ」という前提で議論をしたほうが、建設的な話ができて、前向きなアイデアが生まれてくるんじゃないかと私は思うんです。

少し、細かく見ていきましょう。

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■コミュニティーはパラダイス?!

会社は会社であって、コミュニティーとは違うという意見を裏返してみると、コミュニティーに対する認識やイメージはこういうものになるかと思います。

 

一方的に決められてしまうことはなくて、みんなが自発的に参加していて、笑顔で助け合いが行われている場

 

なんだか、パラダイスみたいなところですね。

でも…町内会、PTA、勉強会…うーん。「笑顔で助け合い自発的に参加して決定事項を決めて」いますかね?

そういうときがないとは言いませんが、いつでもそうだってわけじゃないんじゃないでしょうか。

そして、地域も学校も会社も、常にそうじゃないからといって、コミュニティーじゃないということはないんじゃないでしょうか。

 

「コミュニティーとはかくあるべき」、あるいは「コミュニティーにこうあって欲しい」という想いを少しゆるくして、もう少し広くコミュニティーを捉えてみてはどうでしょうか。

私はコミュニティーを「硬軟さまざまなリソースを共有する場」と考えています。そうすることで、もっとスッキリと、誰もが自分が直接アプローチできる対象として考えていくことができるんじゃないかと思うから。

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■リソースを再生循環させるコミュニティー

人は誰しも、直接的、あるいは間接的に自分に「利」をもたらす、あるいはもたらしてくれそうなリソースを持つコミュニティーや人間関係に惹かれるものです。 そして、利あるいはリソースにはいろいろな種類があり、手に取ったり目で見たりできる物質的なものもあれば、そうではないものもあります。
私が、自分が惹きつけられるリソースを考えると、(重なったり重複したり部分がでてきてなかなかうまく分類できないものの)だいたい以下のような感じになります:

 

  • 物質的充足(カネやモノ)
  • 精神的充足(安心感・連帯感)
  • 知的充足(Aha!体験や発見・証明)
  • 肉体的充足(スキンシップや疲労感やあれこれ)
  • チャンスの拡大(名声・コネ・ツテ)

 

これらを与えてくれるコミュニティーは、私にとって大切です。

今後も多くを与えて欲しいと思っていますし、そのための行動を意識しています。

そして今、一番たくさんこれらのリソースを与えてくれているのは、私にとって所属している会社です。

一方、上記の利は、みんなが与えられるままで、誰も再生産や補充をしなければどんどん減っていきいずれ底をつくでしょう。

 そして、得られるものがない、あるいは他よりずっと少ないとなったとき、人々は離れていきコミュニティーは消え去ります。

 

「また違うコミュニティーを見つければいいだけのこと」

 

そう思う人もいるのかもしれません。しかし、カネやモノというどこででも手に入る「物質的充足」を除くと、他の利はコミュニティーごとに異なり、同じものは手に入らないのです。

 だからこそ、コミュニティーから得るのと同じくらい、コミュニティーに与えることが必要になります。

個々の事情はあっても、そのコミュニティーに多くの時間や労力を注いでいるのであれば、それが他のメンバーにとっての物質的・精神的・知的・肉体的な充足やチャンスの拡大につながった方が、コミュニティーの発展につながるはずです。

 リソースを、利を、自分たちで生み出して互いに循環させていくのです。

 

■まとめ: 社会の穴ぼこを埋める分担システム

そもそも会社は、個人では生み出せない、あるいは個人で生みだすのは難しいものを複数の人間で協力することで、失敗のリスクを低めたり効率やスピードをアップするために存在するものですよね。

 そして会社が世の中にたくさんあるのは、そうした個々の会社がそれぞれの足りないところを補いあって、社会の穴ぼこを埋めていくためですよね。

いわば、社会的な分担システムの一部です。

 

もちろん、世の中には会社という形態だけでは埋まらない穴ぼこがそこかしこにもうたくさんあって、それらは行政やNGONPO、地域コミュニティーやさまざまな自治体などと複合的複層的に埋めあっていくものだと思います。

話がかなり大きくなってしまいました。

最後に、なぜ今回のエントリーを書き始めたのかについて書いて終わりにします。

 

「会社はコミュニティーである」「リソースを失ったコミュニティーは消えてなくなる」というディスカッションをしていると、「ウチには無理。前にもチャレンジしたけどやっぱり無理だったし」ということを言われる方が多いです。

でも、前の話は前の話です。コミュニティーは人あってのもので科学の実験じゃないんですから、同じことをやれば必ず同じ結果が出るというものじゃありませんよね。

 

やらなきゃ結果は分からないじゃないですか。

諦めれば終わりだし、諦めなければ終わりません。

EGMサミット2015 - 会社というコミュニティーでやりたいこと

2月23日(月)の夜、ここに書いた話を「EGMサミット2015 – 会社というコミュニティーでやりたいこと」というイベントのショートセッションとしてしゃべります。

そしてその後、関連するテーマで約1時間、ディスカッションをする予定です。

 

懇親会(軽食&アルコール含む)費用込みで参加費用は1,000円のお得イベントです。
興味のある方はぜひぜひご参加ください!

 

Happy Collaboration!