Compath Dialogue BOOKを読んでいたら、こんな一文が目に飛び込んできた。
<協調的幸福度モデルが高い場合、自分を優先して他の人に迷惑をかけることは逆に幸福度を下げる可能性がある。>
ちょうど昨夜参加していたオンライン勉強会のことが脳裏に蘇った。
こころの未来研究センターの内田由紀子さんの講演はとてもおもしろく、そして学びに満ち溢れていた。
原田竜馬さんの写真をお借りしています。書き込みとやり取りはこちら。
一方で、頭の中にはもやもやしたものも溜まっていった。
…ちょっと、自分のもやもやを言語化しておこう。
思考を少しだけ整理して、自分の中に存在する「問いかけ」を外に置いてみよう。
(なお「ロジカルに書いた」なんてことを言う気はもうとうありません。)
協調的幸福
「人並み」や「迷惑をかけない」ことは幸福度を高めているのか → 「不幸度を高めない」であり、マイナスを生まない代わりにプラスを機会損失しているのではないか?
幸福の追求
ミクロ(人間の心理・行動傾向)とマクロ(人が集合的に作り 出す「文化」)を両面から追う → 個と場の幸福の循環・相互作用
相互循環とゼロサム
日本は「個人の幸福の追求と社会の幸福の追求はゼロサムゲーム」 という発想
→ 明示・非明示ともに「自業自得」を成立させるために躍起になっている社会ではないか?
成長社会と高原社会
成長・拡大社会においては「右に倣え」が一番確率の高い生き残り戦略 → 成長を終えた高原社会においては「自己の(幸福)追求」が一番確率が高いのではないか。
協調的幸福の正体
協調的幸福は、成長・拡大社会の価値観の名残り。しかし現在は右に倣っても「取り残される」ことが増えている → 「自助・互助・共助・公助」のいずれに追いても絶対的に不足しているセーフティネット。
幸福感アップの3軸
「豊かさを増やす/強める」と「貧しさを減らす/弱める」という軸と、金銭などの有形資産と人や環境との関係などの無形資産の軸と、個人と社会という軸。
幸福度と信頼感
身近に信頼できる人がいることが幸福感には大きく寄与する。これは社会に対しても同じ。地方・中央行政に対しても同じことが言えるのではないか → 行政への信頼(支持率や好き嫌いとは異なる)が向上すれば、地域・国民の幸福度も上がるのではないか?
幸福度と透明性
信頼の向上に必要なのは「なにをするか/しないか」と「その理由」と「実態」を可視化し、積極的に開示すること → 透明性を高めることが地域・国民の幸福度を上げることでは?
幸福度と説明責任
行政の透明度が上がらないのは何故か? → 民衆への説明が難しいから? 難しさには正当な難しさと不当な難しさがある。すべてをまぜこぜにしてしまっていないか?
幸福度と民主主義
説明を受けれないことに対する不満を転嫁して、誰かにぶつけていないか? → ぶつけるべき先は個人ではなく明示・非明示な制度であり、その運用元ではないか。
幸福度と長期保有株主
これを目にしている99%は日本人でこれからも日本人のまま → いわば日本という国の株主だが、株保有の理由は儲けるためではなく幸せになるため。そのためになにが必要か? 行動と意識の循環・相互作用。
Happy Collaboration!