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人的負債と印象操作(『心理的安全性とアジャイル』読書メモ)

恐れのない組織』で「心理的安全性」という言葉と概念を広く世に知らしめしたエイミー・C・エドモントン氏が序文を書いている本ということで『心理的安全性とアジャイル 「人間中心」を貫きパフォーマンスを最大化するデジタル時代のチームマネジメント』を買ったのですが、うーん、おれにはちょっと…。

まさにそのエイミー氏が、序文に『この本は驚異的なスピードで書かれたように私には見える』と書かれていまして、この言葉をもっとしっかりと受け止めるべきだったなぁ。

とはいうものの、「人的負債」と「印象操作」という2つのインパクトの強い言葉についての理解と、そのあたりに関する自分なりの考えをまとめるのには大いに役立ってくれました。

中盤のアジャイルへの強い思い入ればかりがつらつらつらつらと続くところがなければ、もうちょっと違った印象になるんだけどなぁ。

 

 

以下に、自分の「人的負債」と「印象操作」についての理解をまとめておきます。

 

「人的負債」とは「技術的負債」の人間版だ。

そして技術的負債とは、採用している技術がイケてないのにそのままプロダクトやサービスを推し進めてしまうことで、どこかのタイミングでどうにもならなくなってしまうことおよびその原因だ。大きなコストを伴う労力や時間を費やし、大掛かりな手直しを行わざるを得なくさせてしまう負債。つまり未来に支払わなくなくてはならなくなる「借り」。

人的負債はその人間版と考えれば分かりやすいだろう。職場やチームにおける人間関係のイケてない状態や、それにまつわる個人やチームの考えかたや行動を意味している。

また広義には、それを生みだしてしまったり強化してしまったりする制度やカルチャーも含んでいると言っていいだろう。

言い方を変えれば、エイミー氏が広めた「心理的安全性」を生まない要因たちのことを指している。

 

「印象操作」とは「恐れだらけの組織における当然の行動」だ。

「印象操作」は「人的負債」とは異なり一般的な言葉で、辞書にはこんなふうに書かれている。

相手が抱く自らや第三者への印象を、各種操作(言動や服装なども含めた情報の出し方や内容の操作)により、自身にとって好都合なものとなるように変更する行為。

ただこの本における「印象操作」は、職場やチームにおいて、自分が「無能」「無知」「ネガティブ」「破壊的」「でしゃばり」「プロフェッショナルらしく見えない」と思われないことに苦心しそれを最優先事項とする様を指している。こうした捉えられ方をされないことが最優先となってしまうがゆえに、自分がチームに対してできることやすべきことを(意識的に、あるいは無意識的に)無視してしまったり重要視しないことが当たり前となってしまう。

こちらもエイミー氏の言葉を借りて表現すれば、「恐れだらけの組織における行動様式」と呼ぶことができるだろう。

 

以前書いた読書メモのこと、そして引用した言葉がはっきりと頭に蘇りました。 

現代社会にありふれた組織、つまり、自分の弱さを隠すという「もう一つの仕事」に誰もが明け暮れている組織の状況を考えてみてほしい。経営者は、そのような仕事しかしていない人にフルタイムの給料を支払っている。しかも、弱点を隠している人は、その弱点を克服するチャンスも狭まる。その結果、組織は、その人の弱点が日々生み出すコストも負担し続けることになる。

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』より


この本が残念なのは、著者が「PeopleNotTech」という企業の創設者兼CEOであり、この人的負債と印象操作をチームから撲滅するためのソフトウェアを開発し、いくつかの企業にすでに提供しているのにも関わらず、その実態とそのソフトウェアのもたらす効果については曖昧な表記しかされていない点だ。

効果はあるようだが…ごにょごにょごにょ。つまり、おれにはこう見えるのだ。

「強い信念を持ちそれに従ってプロダクトも作ってはいるものの、それがもたらす効果が証明できていない。だが、信念については早く言いたい!!」…って勢いで書いちゃいましたという一冊がこの本です、と。

 

…あ、でもこれはちょっと厳しすぎる言葉かもしれません。以下、実際に本に書かれている言葉を引用します。

本書には私が期待していた魔法の数字も、2つのケーススタディも掲載していない。いつの日か、みんなのためにその数字を提供したいと思う。人的負債の撲滅に関しては私は頑固以外の何者でもないし、これは実に長い時間を要するものだ。だが、ここでそれが実現しなかった理由は複数あって…

 

と、ここまですっかりネガティブトーンになってしまいましたが、あなたがアジャイル信者で、それを褒め称える言葉のバリエーションを欲しているのなら、この本は役に立つかもしれません。

著者は自らのアジャイルへの耽溺ぶりを「アジャイル文化人類学者」「アジャイルフェチ」という言葉で表現しています。そして「実際そうなんだろうな」と思わせるだけの熱量で、これまでの取り組みなどが書かれています。

 

そして本の最後の最後では、コロナがもたらしたリモートワーク(あるいはセミ・リモートワーク)を本当に意義のあるものとするための、充実した価値あるものとするための、いわば「2022年からのレトロスペクティブ(ふりかえり: よく使われる「KPT」)」のようなものが書かれています。

そしてこれに関してはなかなか有益なものになっているなとおれは感じました。その中からいくつか「これは本当に大切だよね」と思ったものを引用しておきます。

 

  • 敬意と良識 −− 私たちは皆人間で、なにがあろうとも互いに対してひどいろくでなしであるべきではない

  • プレゼンティーズムをなくす −− 人を評価したり物事をモニタリングしたりする際はその場にいるかどうかではなく、行動の価値を基準におこなう

  • 人間らしくいてもいいという許可に取り組む −− 従業員は、自分が職場で本当に感情や意見を持ち、人間らしくいてもいいという許可を与えられているとは信じることができていない(…)印象操作を排除してプロフェッショナルらしく見えなかったらどうしようという恐怖をなくさなければならない

  • 失敗する許可を真剣に考える −− 明示的な結果を要求する前に、勇気ある行動とイノベーションの象徴として失敗を歓迎しなければならない

  • 健康を真剣に受け止める −− 会社として本当に気にかけていること、従業員が最善の状態でいられることにがむしゃらになっていることを示す必要がある

 

Happy Collaboration!